変な人だなあ、とシノは思った。
最初は、ただそれだけだった…。



「いらっしゃいませ〜」

オーブでもお洒落な店の並ぶ通りにあるカフェ。
シノ=タカヤは、このカフェでウエイトレスとして働いていた。

彼女は先の大戦で両親を失い、家族が無い。
孤児院で育ち、現在は全寮制の女学校へ通っている。
学費は国が出してくれるが、欲しいものを買うためにはアルバイトをしなければならない。
将来のためにこつこつと貯金をしながら、彼女は懸命に働いた。



そんなある日の昼下がり、一人の少年が訪れた。
白い肌に、クセのある金色の髪。
一見愛らしい容貌だが、まとっている空気は無機質で、無表情な顔から感情は読み取れない。
どうにも違和感のある少年である。

彼は無言のまま店の一番奥の席へと座った。

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」

余計なことにかかわりたくないという思いから、とっさに目を逸らす人も店内には居た。
だがシノはさして気にもせず、他の客に聞くのと同じように彼に声をかける。
少年は、そんな彼女を見ようともせず、そっけなく言った。

「別に。」

一瞬にしてシノは固まった。
思わず「は?」と声を出していたかもしれない。

ここはカフェ。
普通は何か飲み食いをするために入店すると思うだが。

「あの…食べ物とか飲み物とか……」

固まった状態からなんとか復活するが、こんな場合のマニュアルなど存在しない。
シノは必死に笑顔を作りながら聞いた。

「別に。」

……。

「ええと…何もいらない…ということでよろしいのでしょうか?」
「ああ。」

こうキッパリと言われてしまえば、シノは諦めるしかない。
ため息をひとつ付き、最後通告をすることにする。

「申し訳ありませんが、ここはカフェですので、ご注文が無い場合は入店をお断りさせていただきます。」

そこで、ようやく少年が顔を上げた。
彼のシアンの瞳と、シノのバイオレットの瞳が交錯する。
ややあって、少年が口を開いた。

「じゃあ、何でもいい。」

シノは、もう何を言って良いのか分からなくなった…。



「何なの?あれ…。」

少し離れたところから二人のやり取りを見ていた同僚の女の子が、スタッフルームに戻ってきたシノに聞いた。
他の同僚も好奇の目を向けている。

「そんなの、私が聞きたいわよ!」

シノは肩をすくめて見せた。

その少年は、シノが出したコーヒーには目もくれず、小型端末と向かい合っていた。
おそらく入店したのは、あの端末をいじる場所が欲しかっただけなのだろう。

その後も何度か、
他の客のオーダーを受けながらこっそりと様子を伺ってみたが、
彼はひたすら一心不乱に端末のキーを打ち続けていた。

何をしているのか、現代っ子ではあるもののパソコンに詳しくないシノには分からない。
大量の文字が画面いっぱいに映し出されていて、それが次々と流れていく。
…ゲームでないことは分かった。

コーヒーは相変わらず手付かずである。
しかたなく、冷めてしまったコーヒーを煎れ直すためにカップを提げる。
すると少年は手を止め、シノが手にしたカップを見た。今まで無表情だった彼が、少し驚いている。
どうやら、今の今までその存在に気づかなかったらしい……。

「今、温かいのに変えますね。」

苦笑しながら声をかけると、少年は元の無表情な顔に戻り「ああ」とだけ答えた。





「あの後、コーヒーは飲んだけど一杯だけ。結局4時間も居座り続けたのよ。」
「へえ。」
「ほんと、変な客ってたまに居るけど、昨日のは格段に変だったわ。」
「ふふ、お疲れ様。」

シノの話に、ハナは笑いながら応じた。
ハナ=ミシマは、シノの親友だ。同じ孤児院からの出身で、今も同じ女学校の寮で暮らしている。
もっとも、2人の親友はもう1人いるはずなのだが…。


「……それで、まだ見つからないの?」

話が一段落した後、シノは親友に聞いた。
深刻な話だけに、空気も重たくなる。

「うん。寮母さんも毎日治安警察に電話して確認してるみたいだけど…。」
「私、昨日あの子のバイト先でマスターに聞いてみたけど、あの子、そんな様子無かったって。」
「じゃあやっぱり、巻き込まれたのかな…。」
「そんな…」


彼女たちの親友、ソラ=ヒダカは、10日ほど前に失踪した。

オーブでは「統一地球圏連合政府樹立3周年記念式典」という国を挙げての祭りがあった。
祭りの最中にテロ事件が、そしてアスハ主席暗殺未遂事件があり、オーブは一気に混乱した。
その混乱の最中に、ソラが行方不明となってしまったのだ。

実際、その事件に巻き込まれて行方不明になった民間人はソラ以外にも何人か居た。
だがそのほとんどは生きて帰ってきてはいなかった。
だから、2人はソラのことが心配で堪らない。

あの日、シノとハナは、大好きなバンドが開催する特別ライブに出かけていた。
そんな2人を羨ましそうに見送っていたソラが、2人の見た最後の彼女の姿だ。
今になって思えば、どうして彼女も一緒に連れて行かなかったのかと思う。

だが、今更後悔しても遅い。
時は前にしか進まず、ソラが居ない間も2人の生活はやってくるのだ。
子供の自分たちにできることは限られている。
あとは治安警察や国に任せるしかない。


そうこうしている間に、始業ベルが鳴った。
先生が教室に入ってくる。

「今日は、交換留学生が来ています。」

ああ、もうそんな時期か
と、シノは何気なしに思った。

このアスハ記念女学校は、オーブでも積極的に交換留学を行っている学校の1つだ。
毎年これくらいの時期に数名の交換留学生を各国から招待している。

先生に呼ばれ、男子生徒が教室に入る。
教室がざわついた。

オーブ国内でも交換留学生を受け入れている学校はまだ少ない。
ゆえに女学校に男子生徒が交換留学生としてやってくることも珍しいことではない。

だが、教室がざわついたのは“彼がカッコイイから”であった。
…至極単純な理由である。

「2週間というわずかな期間ですが、皆さん仲良くしてください。」

彼の名前を黒板に書き終えた担任が、無言な彼の代わりに言った。

「じゃあ、クラス委員のミシマさんにタカヤさん、彼に色々教えてあげてね。」
「はい。」

即座に答えたハナに対し、シノは口を開けたまま動かなかった。

前に立つ彼と目が合う。
その、シアンの瞳と。

彼はシノの姿を視認すると、わずかに眉を上げた。
シノは思わず席を立つ。

「あ、あなた昨日の……!!」




それが、シノと彼 ―― セシル=マリディアとの再会だった。