先人は言った。
コーディネイターでも馬鹿は馬鹿だ、と。
アンドリュー・バルドフェルド。
かつてザフト軍で隊長を務め、大戦中はクライン派に移り、その腕を発揮した。
統一連合では情報管理省の大臣を務めている。ミリアリアの上司だ。
その彼の執務室へ、ミリアリアは赴いた。
レジスタンスに拉致されたものの無事に帰還した「奇跡の少女」、ソラ・ヒダカの件について
聞いておきたいことがあったのだ。
だが執務室に入るなり、ミリアリアは濃厚なコーヒーの匂いの洗礼を受けた。
体がとっさに反応し、後ずさる。
「ああ、ミリアリアくんか。どうした、入ってきたまえ。」
上司の飄々とした声に、ミリアリアは「はあ…」と答えるしかない。
……扉は、できれば閉めたくなかった。
「ん〜、これはいい匂いだ。」
バルドフェルドは再び自分の机に向き直り、並べられているカップのひとつを手に取っていた。
他のカップに入っているコーヒーとの香りの違いを楽しんでいるらしい。
こんなにコーヒーの匂いがしているというのに、どうやって他のコーヒーの匂いが嗅ぎ別けられるのだろう。
コーディネイターの優れた嗅覚なら可能なのだろうか?
…もっとも、それならまずこの部屋中に充満している匂いに眉をひそめそうなものだが。
バルドフェルドはザフト軍として地球に駐留していたころ、現地のコーヒーを飲み、大のコーヒー好きになったらしい。
以来、よく自身でコーヒーのブレンドをしては楽しんでいる。
「そうだ、こっちにはこの豆をブレンドしてみよう。」
そのコーヒー好きの上司は、ミリアリアに構うことなくコーヒー探求をしていた。
一刻も早くこの部屋から退室したくなり、ミリアリアは自然と早口で用件を済ます。
大まかな内容は、ソラを番組に出演させるに当たり「どう演出するか」であった。
コーヒーに集中しているかと思われた上司は、意外にもすぐに返答し、適確な指示を出した。
だが、ミリアリアがそれに満足し、退室しようとすると…
「せっかくだからコレを飲んでみないかね?」
と、上司からの“暖かい言葉”とコーヒーを頂き、ついでに延々とうんちくを聞かされたのだった。
ようやく執務室から退室できたのは、もう正午をとっくに過ぎてからだった。
コーヒーは飲んだ(正確には「飲まされた」)が、食事を取っていない。
ミリアリアは、その足で食堂へと向かった。
すると…
「グゥレイト!」
そこにいたのは、茶褐色の肌をし、金の髪をした“戦友”だった。
厨房で中華なべを片手に、威勢の良い声を上げている。
白い歯がまぶしい。
「お、ミリィじゃねぇかよ!」
彼はミリアリアを見ると嬉しそうに笑った。
そして、「今すぐ作るから待ってろよ!」と鍋に向かい直る。
「な…にしてるの?」
ミリアリアは、やっとのことで言葉を搾り出した。
「何、って、見れば分かるだろ?チャーハン作ってるんじゃねーか。」
「いや、そうじゃなくて…」
軍人であるはずの彼がなぜ厨房で調理しているのか。
そもそも彼はプラントにいたはずだが、なぜオーブにいるのか。
様々な疑問が浮かんだが、なんだか急にどうでもよくなり、ミリアリアはため息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げるぞ〜。へい、おまち!」
「放っておいて。」
ミリアリアはそっけなく返し、盆を手にその場を後にする。
と、背後から声がかかった。
「ミリィには俺からの特別サービスが入ってるから、元気出せよ!」
ミリアリアは半ばウンザリしながら、「何よ?」と聞き返した。
すると、彼は自信たっぷりに答える。
「愛情、ってやつだよ!」
ミリアリアは、盛大なため息をついた。