「嫌あぁぁっ!放してぇ…っ!」

アスランは泣き叫ぶメイリンの体を必死に掴んでいた。
この細い体のどこにそんな力があるのだろうと、アスランは戸惑う。

2人はそのままバランスを失い、床に見事に転倒した。
アスランはメイリンを庇うようにして倒れたため、頭と背中をしたたかに打った。
だが、この手を離すわけにはいかない。

なおも暴れ続けるメイリンを、アスランは必死に抑えていた。






どれくらいそうしていたのだろうか。
暴れていた手足もだらりと下がり、叫びも聞こえなくなり、ただ彼女の荒い息遣いだけが聞こえた。

そっと腕の力を抜き、顔を覗き込む。
興奮が冷め、メイリンは呆然としているようだった。
汗で額に張り付いた前髪をそっと掃ってやると、メイリンは思い出したように静かに泣き出した。

アスランは、力なく泣きじゃくるだけの少女を、胸に強く抱きしめた。







「いったぁ…」

ベッドの前で、アスランは先程打ちつけた頭に手をやる。どうやら軽くこぶになっているようだ。
また、暴れまわるメイリンを抑えていたためか、服のあちこちも破れていた。
擦り傷がヒリヒリと痛む。

だが…と、アスランは目の前で眠る少女 ―メイリン・ホーク― を見下ろした。
彼女の心の傷の方がはるかに痛いだろう。

体の傷は、いつか癒える。
だが、心の傷はなかなか癒えることが無い。

……彼女は、アスランを…いや、それよりも自分自身を攻めているのだ―。






デュランダル議長を信じられなくなったアスランは、ザフトを脱走した。
その際に手助けしてくれたのがメイリンで、成り行きで彼女もアークエンジェルに同行することになった。

果たしてそれは良かったことなのかどうか、今になってもアスランは判断に悩む。

その場の成り行きで仕方がなかったとはいえ、
少女を、望まぬまま仲間と…なによりも姉と別れ別れにさせてしまうことなど。



結果、こうして彼女は全てを失うことになってしまった。
仲間も姉も目の前で亡くして……彼女は独りになった。



戦争が終わり、ラクスやカガリが平和な世界を作り出しても、彼女は独りだった。

ラクスやキラたちと仲が良いように見えても、ミネルバのクルーに対するそれとは違う。
どちらかといえば彼らはメイリンにとって“あこがれの存在”であり、
心を許すことのできる“親しい友”ではなかった。


戦後、メイリンは有能なオペレーターとして働き出した。だが、それも長くは続かなかった。
無断欠勤が多くなっても、誰も彼女を訪ねず、誰も彼女を気に止めない。

彼女は、やはり独りだった。



そして、仕事がひと段落したアスランが彼女を訪れたとき。
そこには心の壊れかけた一人の少女がいた。



彼女は、仲間が死んだのは自分のせいだと思っているのだ。
自分彼らを裏切ったために。自分が彼らと連絡を取ったために。
そのために彼らが死ぬことになった、と。




……何故、もっと早くに気付いてやれなかったのだろう。




思いつめる彼女を支えることのできる人間は、いなかった。
それこそ、同じ痛みを分かち合えるはずのアスランしか、彼女を支えられなかっただろうに…。

メイリンの心の叫びに、彼女の必死の叫びに、まったく気付くこともなく。
戦後の混乱を抑えるためとはいえ、結局は自分のことばかりにかまけていた…。



そんな自分が情けなく、腹立たしい。





眠るメイリンを前に、アスランは酷い自責の念に駆られていた。