キラはカガリの執務室のドアをノックした。
……返事が無い。
仕方がないので、そのまま入る。
許可無く入ることは禁じられているが、おそらく彼女は許可できる状態ではないのだろう。
はたして、キラの思っていたとおりだった。

カガリは、一人で机にいた。
キラが入ってきたことにも気付かず、ただ呆然としているようだった。
日は傾き、執務室は自分たち2人以外は無人。
彼女の目が赤く見えるのは、窓から差し込んだ夕陽のせいか、それとも……。

キラはカガリの横に膝をつき、視線をカガリの目線に合わせる。
だが、カガリはだた一点を見つめたまま、時が止まってしまったかのように動かない。
そっと、肩に手を乗せた。

「カガリ。」

すぐそばから聞こえた聞きなれた声に、カガリはハッとする。
振り向けば、紫の瞳と目が合った。

「……キラ?」

彼女は、この瞬間までキラに気付いていなかなかった。
それほどまでに、彼女はショックを受けている。キラは心が痛んだ。

「…キラ…っ……!」

キラの顔を見て、カガリは安堵したのか泣き出した。

「あ…アスランが……っ!」
「…わかってる。わかってるから。」

無論、カガリに言われなくてもキラは知っている。
アスラン・ザラ ― カガリの想い人であり、キラの親友である青年が、つい先日に戦死したことを。

「帰ってくる、って……あいつ…そう言って…っ…!」

カガリはキラの首にしがみついて泣きじゃくった。キラの軍服の肩口が、カガリの涙で濡れる。
キラは黙ってカガリを抱きとめることしかできなかった。

キラは、数日前に会ったばかりの親友を思い出す。
いつものように、微笑を浮かべながら「行ってくる」とだけ告げて、出発して行った。
……そして、そのまま彼は帰ってこなかった。

戦争に翻弄され、苦しんでいた彼。
大切な者を亡くし、落ち込んでいた彼。
……世界の平和を守るために戦い、散っていった彼。

風になびく濃紺の髪。
愁いを帯びた碧の瞳。
不器用で、呆れるほど真面目で、やさしくて……。

こんなにも、彼のことを覚えているのに。
今にも「ただいま」と帰ってきそうなのに。
……彼はもう、この世にいないのだと。その事実だけが、2人には痛い。

幼い頃から兄弟のように育ったアスラン。
そんな彼の死は、キラには大きい衝撃だった。

キラの頬を、暖かいものが伝い落ちる。
カガリの顔は、すでに涙でぐちゃぐちゃになっていた。


「帰ってくるって…言ってたのに―…っ!!」


キラとカガリは、救いを求めてすがるように抱き合いながら、声を放って泣いた。