「メイリンの化粧が濃くなった気がして……」

アスランの言葉に、キラは危うく口にしていたコーヒーを吹くところだった。



お互いに忙しいスケジュールの中、久しぶりに会った親友が悩んでいたようなので声をかけてみたら。
それが、妻の化粧が濃くなった、というものだった。
もっと深刻な悩みかと思っていたキラは、一気に肩の力が抜けた。

「何かあったんだろうか…?」
「ちょっ……アスラン…」

些細なことをも気にするアスランの性格を、キラは熟知していた…はずだった。
まさか、世界を統一していくというこの忙しいときに、そんなことさえも気にするとは思っていなかった。
もはや呆れを通り越して感心さえしてしまう。

「…メイリン、最近また働き出したんでしょ?」

キラは、ため息混じりに言った。

アスランと結婚してオペレーターを退職したメイリンだったが、最近働き出した。
以前勤めていたところでではなく、治安警察で。

アスランは治安警察なんて危険だと止めたのだが、
治安警察が有能なオペレーターを必要としていたことや治安警察の人員が不足していたこと、
そしてなによりメイリン本人が就職を強く希望していたことから、彼女の再就職が決まったのだ。

「だからだよ、きっと。」
「…そういうものなのか?」

アスランは未だ腑に落ちないところがあるらしい。

「ラクスやカガリだって、仕事のときは化粧してるでしょ。」

正直、キラにとって女性が何故化粧をするのかということはどうでも良い。
自分たち男には関係の無いことだ。

「ああ…まあ……そうだが。」

……アスランにとっては違うようだが。

キラは盛大なため息をつき、飲み終わって空になった紙コップを丸めて投げた。
それは綺麗な弧を描き、軽い音を立ててゴミ箱の中に消えた。

「女の人って、なんであんな化粧なんてするんだろうね。息苦しいだけなのに。」
「……お前、まさか…したことあるのか?」
「この間、ちょっとね。メディアに載せるから、って。」

アスランもかつてメディアに取り上げられたことはあるが、メイクなんてされたことはない。
友人の発した驚くべき事実に、ただ唖然とした。

「メイクさんは、『こんなの軽いですよ』なんて言ってたけど、本当に嫌になっちゃう。」
「一体、何されたんだよ…。」
「えーと…ファンデーションだっけ?を顔に塗られたかな。」
「……。」
「あれ、本当に息苦しいんだよ。皮膚呼吸できないもん。」

そして、2人は同時に大きく息を吐いた。

「なんか…もうどうでもよくなってきた……。」

アスランはそう言い、席を立った。
女性が何故あんなにも化粧をしたがるのか、結局は彼女たちにしか分からないのだ。
今はそんなことを考えている場合でもない。
アスランは次々に生まれてくる疑問を振り払った。

「じゃあ、俺はこれから執務室に寄らないといけないから。」
「あ、うん。お疲れ。」

僅かな休息の時間を終えて職場に戻っていく親友の背中を、キラは笑顔で見送った。



女性が化粧をするのは、
素顔 ―本当の自分― を、化粧 ―偽りの仮面― で隠し、己の身を守るためである、と。

そんなことを教える必要は無かった。