輝きを失った瞳。
閉じられた瞼。
色の無い顔。

ただ、表情だけは、生きていた頃よりも安らかで……

「あ…あぁぁぁ……っ!!」

アスランは意味不明な叫びを上げながら、
久しぶりに触れた、しかし既に冷たくなった、愛しい妻の体を掻き抱いた。





キラがそこを訪れたとき、アスランは完全に憔悴しきっていた。
隣に座り、そっと顔を覗き込む。

「アスラン。」
「……キラ…?」

自分の傍らにいる親友に気付き、アスランは顔を上げる。
その碧の瞳が自分を見ているようで見ていないことに、キラは気付いていた。

「メイリン、殺されたって…」

目の前の検査室の扉を見ながら、キラは痛みのこもった声で言った。
この扉の向こうでは、メイリンの検死解剖が行われている。

「……ああ。」

キラの言葉に、アスランは膝の上の拳を再び震わせた。
その手の握っているものに気付き、キラはいぶかしげなアスランに視線を送る。

「メイリンが……身に着けていたそうだ。」

アスランの手には、今アスランが首からさげているものと同じもの…ロケットペンダントがあった。
新婚当時の2人の写真がはまっている、お揃いのペンダント。

「服の下に…まるで隠すようにしてたって……」

最近の2人はすれ違いが多かった。
会うことも少なく、会ってもほとんど口をきかなかった。

どうにかしたいと思っても、どうにもできなかった。

メイリンは、どんな想いでこのロケットを身につけていたのだろう…。
一体どんな想いでこの写真を見ていたのだろう…。
……それをアスランが知ることは、もう永遠に無い。

「アスラン……」

キラはいたたまれなくなって、嗚咽を漏らす友の名を呼んだ。
いたわるように肩に乗せた手に、アスランの震えが伝わってくる。

アスランの痛みは、キラにも痛いほど分かる。
キラもまた、先の大戦で、目の前で大切な者を失っているのだから。

そっと傍にいられたら……。
ゆっくりと時間をかけて傷を癒せたら……。

ただ、現状はそうもいかない。
キラとアスランの立場が、それを許さない。
変化の激しい今の情勢が、それを許さない。

今こうしてここにいる時間さえ。
愛する人の死を悼む時間さえ。
それだけの時間さえもが惜しい。

「さっき、報告があったんだ。」

アスランの様子に心を痛めながらも、キラは事実を差し出す。

「現場に落ちてた銃弾、カガリが狙われたときのものと同一のものだった、って。」

現場がどこのことを指すのかは言うまでも無い。
この報告の意味するところは、メイリンを撃った者とカガリを狙った者が同一人物である、ということだ。

アスランの脳裏に、赤い瞳がよみがえる。
真っ直ぐに自分を見つめていた、燃えるような血の色…。

「…シン……か。」

疑問でもなく確認でもなく、アスランの口からこぼれるその名に、キラは眉をひそめた。

きっとアスランは迷っているに違いない。
自分のやっていること。彼 ― シン・アスカ ― のやっていること。どちらが正しいのか。
生真面目な彼が一度迷うと、ちょっとやそっとじゃ帰ってこない。

思考という海で、アスランは上手く泳ぐことができないのだから。
誰かの助けを借りないと、答えという岸に辿り着けないのだから。
……キラは、そのために来たのだ。

「今、各地でレジスタンスの動きが活発になってきてるからね。僕らもモタモタしてられないよ。」
「…ああ。」
「本当は戦いたくなんて無いけど、戦わずに解決できれば良いけど、今はそれが無理だから。」
「……。」
「だから、僕たちは行かなくちゃ。そうでしょ?」

自分たちは平和を、争いの無い世界を守らなければならない。
メイリンを殺したのも、その平和な世界を壊そうとしている者たち。
彼らがいる限り、世界はまた混沌に陥ってしまう。

頭では理解していても、すぐには決心がつかない。
最愛の人を失ったことで、アスランの心は揺らいでいた。

そんなアスランに、キラはそっと呟いた。

「メイリンみたいなことは……僕も、もう嫌だから。」

その言葉に、アスランははっとする。
ロケットペンダントを握る手に、力がこもった。

「だから……アスラン。」

親友のまなざしに、アスランは胸のわだかまりがとけるのを感じた。

そう。
自分は戦うしかないのだ。

もう自分のような者を作らないために。
皆が平和で、笑って暮らせる世界のために。

……たとえ、向かっていく先にかつての戦友がいたとしても。





それからしばらくして、アスランはシンと戦場で再会することになる。
それはまた別の話。